倦怠感

中京病院 症状コントロールガイド VER2.0
11-18、2018  全身倦怠感

1) 倦怠感を楽にしてあげたい

進行がんの患者さんが「身の置き所がない」ほど重篤になってはじめてご家族から、「見かねる」、「何とかしてあげたい!」と求められた経験、何もしてあげられない、無力感に悩んだ経験をもつ方は少なくないと思います。


たしかに鎮静を余儀なくされるケースもあります。
しかし、系統的なアセスメントとマネジメントで予想外に改善するケースは少なくないのです。NCCN(米国がんセンターネットワーク)の倦怠感治療ガイドラインにもそうありますし、我々の実臨床の実感でもそうです。

2) アルゴリズムとチェックリストで倦怠感に「立ち向かう」

●原因(リスト#1)は 大まかに3つ=異常入力(神経系 and/or疲労物質)か脳の対応力低下です。倦怠感に苦しむ患者さんをみたら、この図をまずイメージして対策を検討しましょう。


我々の緩和チームではより詳細なオリジナル・アルゴリズム/チェックリストを作成し、医療者全体でシェアできるようにしています。


このアルゴリズムには#1~#4のチェックリスト(選択肢)が付随しています。


● 倦怠感が強い患者さんには、O~V問診全部は難しい事が多いので以下のように、最初の2つ(ONSETと改善・増悪因子)に注力して聞き取ってください。
評価と治療のヒントは、このO(発症)=#1、P(改善と増悪因子)=#2の質問にあることが多いです。


3) 倦怠感を少しでもよくするための情報

● 全身倦怠感は、医療者から患者に尋ねて早期発見すべき


具体的に、「経験したことのない(生活に支障をきたすような、日常では経験しない)」だるい、休みたいという感覚はあるか?」として説明しないと、患者や家族からは言わない事がほとんどです。
方言でそれぞれの地方の表現が違うことも留意してください。
(えりゃあ@名古屋、たいぎい@広島、だらしか@九州…等々)
適切な対応が遅れると耐え難い苦痛となり鎮静を要する事も多いため、早期発見が重要です。

● 医療者の想像よりも、高頻度であり、かつ治療ができるケースは多い

NCCN(米国がんセンターネットワーク)ガイドライン、2015より


● 異常入力の代表的なものを、イラストで示しました。
だるい!と訴える患者さんでは、以下の要素を探索し対応を検討しましょう。


● 病期やベース状態にもよりますが、対応力の低下が原因の事も少なくありません。
以下のイラストが代表的なパターンです。


● 抗がん剤だけでなく処方された薬剤(善意の処方でも)原因か?と疑うべきです。


薬剤は、生体の機能にブレーキをかけるものがほとんどなので以下のようなヒントも大事


● 栄養含有(TPNや末梢栄養輸液)から維持輸液への変更が倦怠感改善のカギになりうる


● 高カロリー輸液・末梢栄養輸液をOFFの時は、複数医療者のカンファレンスで決定し、理由を家族に説明すべきです。
⇒延命(にもならない可能性大ですが)より症状軽減を共有する態度でICを拝受する


● 進行がんにうつ・適応障害が起きると、倦怠感と不眠、食思不振を起こして身体症状との鑑別が難しくなります。
⇒そういう時は、身体因子を探索し対処した上で精神疾患を疑うことを推奨します。
 スライドコメントはGoldbergテキストブック(1998)より翻訳引用。


● 腫瘍熱と感染症は、紛らわしい(時に合併)ため、腫瘍熱と決めつけるのは危険です。


クリニカル・パール
腫瘍熱を感染と間違えても苦痛はないが、感染を腫瘍熱と判断(または解熱剤、ステロイド投与)すると「患者や家族を苦しめる」予期せぬリスクあり

クリニカル・パール
腫瘍熱がベースにある患者をみたら、敗血症に「置き換わる」可能性を念頭に置くべし。
いつもより高い熱で頻呼吸・意識変容がある時の対応を医療者・家族でシェアするのがベスト。


● 敗血症は、急性の重篤な倦怠感を引き起こし、ミトコンドリア・ダメージのためSpO2は高くても組織は低酸素・乳酸アシドーシスになるため、頻脈や呼吸困難感が合併しやすい。

クリニカル・パール
敗血症?を確認するために、末梢血の酸素濃度を測定するとよい。正常値よりも明らかに高い場合は、組織内が低酸素状態(酸素が使われない)、乳酸アシドーシス(倦怠感の大きな原因)を示している。SpO2(指で測定)は、過呼吸のためむしろ高すぎることがある。

● 悪心嘔吐のときに、迷走神経刺激で中等度以上の倦怠感も伴っていることがあります。

高用量のプリンペラン(メトクロプラミド、60mg!/日以上)の倦怠感への有効性報告があります。セロトニン(倦怠感の原因の1つ)と拮抗することだけでなく消化管からの迷走神経刺激を軽減しているメカニズムが想定されます。
ただし保険適応用量(30mg/日程度まで)の倍以上であり、副作用として抗ドパミン中枢作用から薬剤性パーキンソン症候群リスク(誤嚥・転倒など)があり長期投与は避けてください。
NGチューブ留置を含む、迷走神経刺激の軽減による治療が望ましいです。


● ステロイドが倦怠感を軽減し食欲を改善することがあります。
経験的に言われていたことですが、2013年に米国がんセンターで臨床試験が実施され、以下のように二重盲検試験により証明されました。

ステロイド投与における3つの注意点

  1. 予後が1か月~3か月と予測される患者が適応で、週や日単位では無効な事が多いです。
  2. 米国と体格やインスリン抵抗性が違うので、同じドーズでは多すぎるかもしれません。ステロイドの用量は慎重にご検討ください(当院のチームでは、せん妄リスクと血糖値を考慮して、4mg/d程度 3日分 から開始することが多いです。
  3. 試験の結果、発現は意外に遅くかつ大きなインパクトはありませんでした。ステロイドだけの倦怠感への対応は、避けて他の治療と一緒に行うべきです。

化学療法では、ミトコンドリアのダメージで乳酸が蓄積するだけでなく、大量ステロイド一過性の副作用としてに副腎機能が低下しているケースでは、「補充療法」として著効すると推定されます。


● 倦怠感が強いケースでは、採血で原因がわかることもあります。以下のイラストを参考に治療できる因子を見つけるようしてください。


クリニカル・パール
倦怠感・悪心・せん妄がある進行がん患者をみたら常時チアミン(B1)欠乏を念頭に置くべし

● 非アルコール性ウェルニッケ・コルサコフ症候群(NA-WKS)という概念があり、増殖の速いがん、化学療法や放射線治療で低栄養が続いたケースは、チアミン欠乏による多彩な症状を呈することが米国スローンケタリングがんセンターから報告されています。

チアミンは糖を酸素を使ってエネルギーにするTCA回路の必須補酵素であるため、枯渇により全身の臓器がダメージを受けます、古くからBeriBeri、脚気として既知です。

(起きうる症状)

  1. 神経細胞のダメージ
    • 意識障害(せん妄=注意力やオリエンテーション低下や人格変異で、日内変動を伴う)
    • 腸管の自律神経障害(胆汁性嘔吐や頑固な便秘で対症療法が効かない⇒悪循環になる)
    • 末梢神経による疼痛(針でさすような痛み)
  2. 筋肉細胞のダメージ
    • 心不全や不整脈 (いわゆる脚気衝心、Wet BeriBeriとして古くから知られる)
    • 下肢などの有痛性筋攣縮(こむらがえり)
  3. 末梢組織のアシドーシス
    • 乳酸が蓄積して、倦怠感の原因となる(敗血症と同じく酸素が利用できず)

倦怠感だけでなく、意識変容(せん妄、易怒性など)が起きた場合はエマージェンスです。
チアミンの測定と経静脈的な補充療法(重症例では100mg単位では無効で500mgを1日2回静脈投与する必要がある事もあります)を検討ください。

● 筋肉が引き起こす倦怠感があること注意が必要です。

  1. 脳や脊髄の転移、傍腫瘍症候群の麻痺は、その部位に強いだるさを起こしうる
  2. がん疼痛による二次的な筋攣縮(スパズム)で乳酸が蓄積


● リハビリテーションなどによる非薬物療法の有効性は証明されています。多職種での症状緩和の1つとして、検討に値します。


効果は、長時間持続しませんが、マッサージ・自動・他動の運動療法・入浴(清拭)は、術者とのコミュニケーションもあって患者の満足度は高いです。
リンパ浮腫の要素がある症例では、特に有効という印象があります。