4. 呼吸困難

呼吸困難 適切な鎮静を行うための最低限のスキルとは

適切な鎮静を行うための最低限のスキル: 進行がん患者で中等度以上の呼吸困難コントロールを行うときには、必須の技術である。
症状コントロールを目的としたアルゴリズム治療の最終着地点「鎮静」を検討することは、原疾患の改善が得られなければ必須になるといえる。
鎮静については、緩和医療学会のガイドラインに倫理的、手法的なエビデンス提示が詳細されているが、多忙な臨床現場や予想外の急性経過をとる週末・進行がん患者では、時間をとれないことが少ないと考える。よって、中京病院PCTは、以下の3ステップをミニマム・リクワイアメントとして推奨する(橋爪隆弘先生の緩和ケア研修会スライドより引用)。

★ 以下の3要素において、留意すべきは、「あらゆる手段」という根拠が何か?である。これはアルゴリズムと病態探索の系統的手段なくしては、得られないはずと、我々は考えているので、ぜひ参考にしてほしい。
鎮静の3要素

呼吸困難 モルヒネなどのオピオイドで改善しない場合は、抗不安薬の投与を考慮する

  1. 初回からの有効率=約10%と低い(米国EPEC,2005)
  2. 不安が主たる原因な症例は劇的に有効(原因療法の1つ、だから)閉所恐怖症などの不安発作は急激におきるもの=他の原因を除外診断をして、可能性が高ければ(アルゴリズム上は原因治療として)モルヒネの投与前にトライすべきもの。
  3. アルゴリズムにより、モルヒネ効果が乏しいときの投与方法は「上乗せ」である=鎮静に移行することが多い
  4. 予後が「日単位」と予測されれば、モルヒネに上乗せした抗不安薬(ミダゾラム)を頓用でなく持続的な投与を考える(Navigante, 2006) べきである。
    重症例ではオピオイドにミダゾラム注併用を検討
  5. クロルプロマジン(コントミン、ウィンタミン)などのMajorトランキライザーは、ケースレポート的な有効報告があるエビデンスレベルではある。しかし、せん妄合併時(興奮状態、呼吸困難への閾値が下がっている、悪夢として表現など多彩)に有効なので投与を検討=特にモルヒネによるせん妄が起きているとき。
    フェノバール製剤(注、座剤)には、強い抗不安効果があり、蓄積による意識レベル低下や鎮静へ移行する(拮抗薬なし)ことを前提として投与を考慮する。
  6. 抗不安薬としては、ベンゾジアゼピン系薬物が第一選択。
    米国のガイドラインでは抗不安作用としてロラゼパム(ワイパックスTM)が推奨されるが、錠剤だけでなく舌下・注射・坐剤などの剤型が豊富であることが理由であり、力価としては他のベンゾジアゼピン製剤では中間的な印象があり、レキソタンTM、コンスタンTMやソラナックスTMなどが力価は高い(佐伯俊成先生の緩和ケア講義スライド2014より)。
    国内での非経口投与には拮抗薬(アネキセートTM)があるので、呼吸抑制や過鎮静時にリバースできるが筋弛緩作用とせん妄の誘発に(投与前)注意が必要。

呼吸困難 モルヒネを投与するときのチェックリスト

モルヒネを投与するときのチェックリスト: 対症療法のなかでも、モルヒネは(特に初期投与では)抗不安作用があるため、もっとも強力な治療法であり、がん患者への効果が二重盲検試験で確認された唯一の薬剤である。
詳細は以下のリストに記載した、経験の少ない医師は専門医に相談するか、リストを通覧してから投与してください。

がん疼痛のガイドラインに準じて、モルヒネ投与の原則は

  1. アルゴリズムの順番どおりに投与すること (By the Algorithm)
  2. 用量調節を個人差に準じて行うこと (For the Individual)
  3. 副作用対策と本人・家族の説明責任を忘れない(With Attention to Detail)
  4. 投与経路を、本人・家族QOLが最適になるように(By mouth)

ただし、By the Clock =血中濃度の維持を図る、については、疼痛とことなり呼吸停止リスクを考慮(上記③の原則を優先)して、間歇的な投与からの開始を推奨します=いきなりの徐放製剤内服や持続非経口投与は危険です麻薬で呼吸困難をケアする前にチェックすべき項目

 

  • モルヒネやオキシコドンによる呼吸困難治療の注意点として
    「苦しい」という本人の訴えで投与することが重要
    →付き添い家族やナースによる「つらそう」「頻呼吸をみてるのがつらい」という本人確認なし&医療者の判断で増量すると「予想しない」呼吸停止や窒息イベントになりえます。特に意識状態がわるい、脳転移、せん妄ケースでは要注意!
    →「呼吸抑制を起こすモルヒネ」がなぜ有効か?を説明してから(医療者間でも)
  • モルヒネやオキシコドンは、炭酸ガスの蓄積に対する生体反応を落とす、咳嗽反射を落とす作用が強い—–これが呼吸困難の軽減作用でもあるが—–投与前から、自力喀出が難しい(いわゆるタン詰まりハイリスク)、すでにCO2ナルコーシス寸前のケースも、上記同様に、予想外の突然死亡がありうるので注意が必要
    ⇒推奨は、早めの投与で「耐性獲得」、ごく少量(通常の10%程度)から漸増
  • 頻呼吸でなくても、強い呼吸困難を訴える症例は稀でない。そして、モルヒネやオキシコドンは呼吸数を落とすことが抗呼吸困難作用の中心。
    よって、最初から呼吸数が正常より少ない<15/分、または投与により徐呼吸時(<10/分になって症例では、開始や増量・追加の適応はない
    ①抗不安薬やせん妄対応の検討、②鎮静 による対応 を考えるべきである。
  • モルヒネやオキシコドン投与を決断する=呼吸ドライブ(モーターコマンド)の亢進がある、という診察所見が必要である。喉頭引き込みサインは、見逃されがちであるが、もっとも多い「肺に(も)原因がある」ことを示す重要な所見。
    中枢からの呼吸努力をとらえるサイン
  • 逆に、この引き込みサインがなければ、麻薬の適応がなく、原因が肺原性でない
    例外は、①極度の筋肉疲労、②大量の腹水か横隔膜下に疼痛を伴う病変、③前頸部への皮下浸潤(乳がんや甲状腺がん)があると、目立たなくなることだが、まれ。
  • モルヒネを皮下注で投与するときの具体的なメソッド
    持続皮下注モルヒネの使用例

呼吸困難 非薬物療法(ナーシングケア)のリスト

非薬物療法(ナーシングケア)のリスト: 酸素投与と同じく(アルゴリズム参照)、試してみてみるべき、検討するべき(主にナーシングとして)非薬物療法がある。ASCOの治療医カリキュラムと英国の教科書(レナードら)より、抜粋作成したリストを提示する。

リストのうち、どれか、1つは「やれるはず」「効くはず」である。付き添っている親しい家族にも、「なにかしてあげられること」、を教育するとよい。
非被薬物療法の系統的技術リスト

中等度以上の呼吸困難に苦しむ患者さんの環境整備としては 1以下の4つが必要

  1. 涼しい —-こごえない程度にぎりぎりまで
  2. 視界が確保されていること—-4人部屋では、ベッドを壁につけて側臥位、窓から外がみえるようにする などが推奨される
  3. 気持ちよい風—–1/fゆらぎなどのマイコン制御の風速制御ができない扇風機ではかえって、圧迫感を訴えることが多い、首ふり送風や壁にあてて間接的な送風が望ましい
  4. 明るい—- 一番恐怖感があるのは、薄暗い

呼吸困難 症療法の重要なツールである酸素投与

対症療法の重要なツールである酸素投与、がん患者においては、以下のようなセオリーを考慮するべきである
酸素投与におけるセオリー

フェイステントについては、中京病院の18病棟に酸素投与ライン(専用のものが必要)とセットとして常備していますので、適応がある場合は「ためしてみてください」
使用経験のない方は、以下の図をみてイメージしてください
吹き流しまたはフェイステントとは

  • 低酸素血症がなくても、症状が改善するなら酸素投与を試してみる(ASCO/NCCN推奨)→目標は症状、SpO2ではない!
  • 低酸素が呼吸困難の原因ならば特に推奨
  • 三叉神経領域へのクーリング効果や心理的なプラセボ効果(ケアしてもらう)
  • 漫然投与を警告する意見もあり(EPEC-O, UNIPAC)、在宅酸素はハイコストであることに留意してください
  • 重症肺炎やがん性リンパ管症のように重篤な低酸素への対応として以下の方法もあり
    重篤な低酸素への対応スキル
  • 圧迫・閉塞感から経鼻化ニューラが望ましいが、低酸素になってしまう場合以下の方法もある。上記の方法と同様 「ためして害はない」
    立体マスクで気密性をアップしSPO2を改善する

呼吸困難 治療にあたる医療者が、前もって知っておくべき背景情報

呼吸困難の治療にあたる医療者が、前もって知っておくべき背景情報

  1. 本人が判定するべき症状:呼吸困難とは、呼吸に伴う不快な「症状」(米国呼吸器学会,1999  など)と定義され、家族や介護者を含む他者判定による投薬は危険=予想外の呼吸停止をおこしうる (Harold,1995)
  2. 重要な症状:中等度以上の呼吸困難は、末期がん全体の約50%に達し、肺転移および不安感が重症化因子 (MDアンダーソンのBruera,2000) —-乳がんの肺転移は重症呼吸困難の典型例
  3. じゅうぶんなコントロールは難しい症状の1つ:緩和ケアチームや呼吸器科医のケアでも治療成績が良くない(Higginson,1989 ; Meurs 1993)
    安静時の重篤な呼吸困難は予後不良、であり鎮静となる頻度が多い。(Weins S ,2000ら)
  4. 約3/4は心肺に原因があるとされ(OxfordTextbook, 2006)、原因病態が非がん性である事もまれでない(Meurs,1993)。そして、がん性呼吸困難の原因の多くは治療可能であり、少なくとも可逆的要素がある事が前向き研究で証明されている(Dudgeon,1998)
  5. 進行がん患者を苦しめる中等度以上の呼吸困難に対して、原因病態を探索するための方法論は確立していない。米国家庭医学会(AAFP)では外来や往診患者の急性呼吸困難に対する鑑別疾患リストを公開している。および米国の代表的な内科教科書Medical Diagnosis and Treatmentには「急性呼吸困難をきたす鑑別疾患は有限である」として疾患リストが掲載されている。
  6. 呼吸困難に対する治療方法を系統的に叙述した学会ガイドライン(アルゴリズム)は普及している—-米国の臨床腫瘍学会(ASCO)と米国家庭医学会(AAFP)が代表的、とくに前者に掲載されたアルゴリズムは癌治療医の緩和ケア教材

呼吸困難

★ この呼吸困難のガイドを用いる医療者への注意点

  1.  中等度以上の安静時、呼吸困難が対象とするガイドです
    労作時の呼吸困難は、別の病態と考えて、呼吸リハビリの専門家へのコンサルトまたは呼吸リハビリのガイドラインを参照ください
  2. いわゆる「エビデンス」集でなく「クリニカルパール」集です
    現場からの声~患者さんから学んだ体験からの抽出された結晶 (Pearls)とお考えください

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