Author: chukyo kanwa care

呼吸困難 中京病院の緩和ケアチームが行っている診療方針

我々は、呼吸困難に対して、アセスメント=カレント教科書マネジメント=ASCOの治療アルゴリズム をそれぞれ独自にリバイスして行っております。 これについては、5年かんの自験解析(Audit研究)において有効性と実行可能性を確認しました(吉本、がん患者と対症療法 19(2): 99 -109 2008)が、エビデンスレベルや安全性を保障できませんので、メソッドの使用については各利用者の自己責任でお願いします。

呼吸困難 治療にあたる医療者が、前もって知っておくべき背景情報

呼吸困難の治療にあたる医療者が、前もって知っておくべき背景情報

  1. 本人が判定するべき症状:呼吸困難とは、呼吸に伴う不快な「症状」(米国呼吸器学会,1999  など)と定義され、家族や介護者を含む他者判定による投薬は危険=予想外の呼吸停止をおこしうる (Harold,1995)
  2. 重要な症状:中等度以上の呼吸困難は、末期がん全体の約50%に達し、肺転移および不安感が重症化因子 (MDアンダーソンのBruera,2000) —-乳がんの肺転移は重症呼吸困難の典型例
  3. じゅうぶんなコントロールは難しい症状の1つ:緩和ケアチームや呼吸器科医のケアでも治療成績が良くない(Higginson,1989 ; Meurs 1993)
    安静時の重篤な呼吸困難は予後不良、であり鎮静となる頻度が多い。(Weins S ,2000ら)
  4. 約3/4は心肺に原因があるとされ(OxfordTextbook, 2006)、原因病態が非がん性である事もまれでない(Meurs,1993)。そして、がん性呼吸困難の原因の多くは治療可能であり、少なくとも可逆的要素がある事が前向き研究で証明されている(Dudgeon,1998)
  5. 進行がん患者を苦しめる中等度以上の呼吸困難に対して、原因病態を探索するための方法論は確立していない。米国家庭医学会(AAFP)では外来や往診患者の急性呼吸困難に対する鑑別疾患リストを公開している。および米国の代表的な内科教科書Medical Diagnosis and Treatmentには「急性呼吸困難をきたす鑑別疾患は有限である」として疾患リストが掲載されている。
  6. 呼吸困難に対する治療方法を系統的に叙述した学会ガイドライン(アルゴリズム)は普及している—-米国の臨床腫瘍学会(ASCO)と米国家庭医学会(AAFP)が代表的、とくに前者に掲載されたアルゴリズムは癌治療医の緩和ケア教材

呼吸困難

★ この呼吸困難のガイドを用いる医療者への注意点

  1.  中等度以上の安静時、呼吸困難が対象とするガイドです
    労作時の呼吸困難は、別の病態と考えて、呼吸リハビリの専門家へのコンサルトまたは呼吸リハビリのガイドラインを参照ください
  2. いわゆる「エビデンス」集でなく「クリニカルパール」集です
    現場からの声~患者さんから学んだ体験からの抽出された結晶 (Pearls)とお考えください

目次

 

実質臓器への転移に対するステロイド治療

実質臓器への転移に対するステロイド治療

他の臓器の転移と異なり、脳転移と肝転移による浮腫は、急速な浮腫増大を伴うことが 臨床においてしばしば経験されます。
イレウス解除のステロイドに準じた投与法によって、症状改善を認める可能性がありますので、脳転移(特に脳圧亢進)や肝転移(被膜の浮腫により表面に突出するCT像が特徴的)の場合は、投与を検討してください。

* ステロイドによる副作用は、消化性潰瘍、血糖異常、ムーンフェイス、精神症状(不眠、せん妄、抑うつ)、カンジダ性口内炎、陳旧性結核の再発 などです。

イレウス(胃十二指腸より下の閉塞)嘔気・嘔吐への対応

イレウス(胃十二指腸より下の閉塞)嘔気・嘔吐への対応

治療選択肢をあげると 以下の5つです。
・ステロイド
・消化管内分泌抑制薬(減圧)
・中枢性制吐剤
・患者ごとの経口摂取の制限
・絞り気味の輸液
・腹痛へのオピオイド

薬物療法で嘔気が減ると経口摂取を希望される方が多くなりますが、経口摂取が増えれば通常また症状がひどくなるので、患者さんに説明したうえで「苦痛が増えるかもしれないけど食べてみる」か、「安全策をとってひかえる」かの選択になります。腹満、疼痛は内臓痛に準じてオピオイドを使用してください。蠕動を低下させたくない場合はフェンタニールが、「再開通に見切りをつけて」蠕動を低下させることで鎮痛をはかりたい場合にはモルヒネが推奨されます。
NGチューブを留置して、「胃や消化管の拡張伸展を防止」することは対症療法として有用です。 ただし、用い方に工夫する余地がある場合が多い(重症例では定期的に排液して減圧する、症状ある時に間欠的使用、夜間のみ定期的に留置、寝る前に入れて抜いてから寝るなど、患者の希望に合わせる)。
NGが長期間必要な場合、NGよりはドレナージ目的のPEG(消化器内科)やPTEG(外科)も、患者QOL上よりよいことがあります。
★ イレウスのときの輸液を「絞る」理由

予測予後が短く症状緩和を目標とする症例では、多すぎる輸液(overhydration)が消化管分泌を亢進し、症状緩和を困難にするとの見解が一般的です。
通常のイレウス治療に準じて、喪失水分と電解質を補充する治療では、輸液入れる⇒腸管液が増える(腸管がより拡張)⇒また増やす の悪循環になることをご留意ください。
体液過剰症状(特に胸水・腹水・浮腫)が増悪すれば、減量して脱水を許容する選択肢は症状緩和の検討に値することが多いです。
そのうえで、サンドスタチンを投与することで、輸液を絞ってサンドスタチンで腸管内分泌を減らす⇒腸管が収縮して分泌量が減り症状改善(収縮し、浮腫がとれて消化管が再開通することも期待してよい)
絞る輸液量は、大まかに患者さんの「不感蒸泄量」でよいとされます(体格の小さい高齢者では500cc/d程度)。
サンドスタチンの反応が悪く、脱水症状になることも稀ですがありうるので体液過剰症状(浮腫、胸水、腹水)を毎日理学的にみて患者の苦痛になっているかを評価して、脱水(BUN/creatinine)のバランスを定期的に評価することが必要になります。
なお、口渇は薬剤や口呼吸などの影響を受けるので脱水の指標にはなりません。
★ イレウスのときの口腔ケア

口腔が汚いと不快であるばかりか、吐き気の原因の1つになります。
また、強度の口渇→ダメとしっていても水を飲む→悪心嘔吐も加わって悪化、の悪循環
また、イレウス症例でハイリスクな院内肺炎が起きやすくなる
上記のような理由で、イレウス例では積極的に口腔ケアを行うことを推奨します。
病棟常置の「口腔ケアパンフレット」を参照し、治療が難しい場合は、口腔外科や緩和ケアチームにコンサルトください。
★ イレウスの腫瘍性閉塞に対するステロイド

文献的な有効率は高くない(再開通率)—大まかに最も高かった報告でも1/6程度ですが、血糖値やせん妄、消化性潰瘍などの全身状態を考慮して デカドロン(リンデロンより吃逆が少ない)4~8mgを朝1回×3~7日投与し、効果あれば効果の維持できる最小量まで減量または一旦中止して症状悪化すれば再開。最大1週間使って、自覚症状の改善がなければ中止を推奨します。
★ サンドスタチンの使いかた

消化管分泌抑制薬 サンドスタチン200~300μg/日 (またはブスコパン40~80mg/日)
消化管閉塞全体を対象とした二重盲検研究によって、コストが高いもののサンドスタチンはブスコパンより有意に良い効果が証明されています。
投与経路は、皮下注が原則です(静脈投与は、効果が低くなる、特にTPN内では配合変化などで20%以上下がる)。間欠皮下注として、翼状針を留置しておいて1日3回100μgづつ投与する方法もありますが、QOLを考慮してシリンジポンプによる持続投与を推奨します。
サンドスタチンは、早期開始(小腸内容の拡張が著明になる前)により、イレウスを重篤化させずに治療成功して中止(結局は、コストが安いし患者苦痛が減る)できる可能性があります(エキスパートオピニオンとしてのエビデンスレベル)
※ サンドスタチンは非常にハイコスト(100μあたり約3000円)皮下注が原則ですが、在宅環境下やルートが増えることでQOLを害すると思われる場合には混注でも可能です。配合変化については病棟やチームの薬剤師に確認してください。
★  イレウスに対するプリンペラン投与について

完全閉塞の場合、プリンペランのような蠕動亢進薬は症状を悪化させ、腸管内圧の上昇による穿孔の危険があるため望ましくありません。
大量の麻薬を投与されている症例では、穿孔疼痛やリークによる腹膜炎の痛みがマスクされ致死的になりますので、じゅうぶんご注意ください。
完全閉塞でないと考えられ、プリンペランによる排便や症状緩和が認められる際には、プリンペラン2~6A持続点滴を蠕動が亢進しないくらいに使用してください。まれにパーキソニズムやアカシジアを生じますので、高齢者への長期投与ではご注意ください。
イレウス患者の苦痛を取り除くのに、サンドスタチンだけでは困難で緩和までのタイムラグも問題になります。よって、中枢性制吐剤を眠気の生じない程度併用することが推奨されます。
・ 抗ヒスタミン受容体=クロールトリメトン1~2A持続静注
・ 抗ドパミン受容体=セレネース0.25~0.5A持続静注など
いずれも投与開始後、症状緩和効果と眠気とのバランスを患者個々に判断して投与量を調節してください。


処方サンプル

サンドスタチン300μg の投与オーダー
サンドスタチン(当院は50
μg/1Ap(1cc)のみ採用)を6ccぶんシリンジポンプにセットして、時間0.25cc(TE361)~0.2cc(シリンジポンプ)を翼状針で胸部などに持続皮下注投与 吐き気の悪化時は 他の方法で対応しフラッシュは禁
・消化管閉塞の解除目的のステロイドを追加する場合はデカドロン8
~6mg+生食100mL、朝 点滴
・補助的に中枢性制吐薬を追加する場合は、アタラックスP 50
mg 1Ap またはクロールトリメトン2A/日を輸液に混注

原因不明の悪心嘔吐への対応

原因不明の悪心嘔吐への対応

嘔吐中枢にある複数のレセプターをブロックする薬剤として、ジプレキサ(オランザピン)の臨床的有効性が報告されています。

糖尿病患者では禁忌(米国では、厳密に血糖管理下で使用可能)ですが、オピオイドによる悪心嘔吐も含め有効であることが経験されます。本来は精神分裂症の薬剤であり、他薬剤よりかなりのハイコスト(2.5mg錠で135.5円、5mg錠で252.8円)ですが、難治性症例では検討に値します。投与ドーズは、2.5mgから漸増して最大10mgまで(国内のケース報告)です。

* 注意: 最近、ジプレキサによるせん妄が国内外報告が散見されています。患者の基礎疾患(高齢者などでせん妄ハイリスク)、他のせん妄誘発効果のある薬剤(オピオイドや抗コリン薬)との併用による相加効果が推測されますので、ご注意ください。

悪心嘔吐への薬物治療について

悪心嘔吐への薬物治療について

★ 上記のレセプター推定にもとづいて、5カテゴリーの薬剤を投与する(薬剤名はすべて商品名)。レセプターの関係図からみても、ドパミンとセロトニンレセプターをブロックすることがCTZに近いので「盲目的な治療の有効率」が高いことが推定できる。

しかし、過去の有効性レビューでは(米国グレアら、2004年)、胃内容排出障害へのプリンペラン と消化管狭窄 へのステロイド投与は強いエビデンスがあるが

セレネース、5-HT製剤等の効果は示されなかった。よって病因推定が必須です。

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(注意-1 緩和ケアにおける制吐薬には保険適応がないものが多い(例、オピオイド

による 悪心嘔吐へのノバミンなど)、特に5-HT3製剤は、欧米では、がん性腹膜炎などの対症療法として用いられるが、日本では抗がん剤や放射線照射の副作用対策以外は保険適応外である。よって査定を回避するためのレセプト付記が必要なこともあります ⇒他の制吐薬は無効で緩和治療を行いQOL保持・在宅医療への移行をはかるために必要だったことを審査員に説明。

(注意-2) 制吐薬には、それぞれ副作用があります。投与前に、病棟や緩和チームの薬剤師に相談することを推奨します。

ほとんどの副作用トラブルは、患者がもつ病態を悪化させることで起きます。

典型的なサンプルを以下にしめしました。

・ 排尿障害や排便障害がある症例に、抗コリン薬を投与して重篤化させてしまう

・ 夜間だけあった軽いせん妄が、抗ドパミン薬を除く制吐薬により終日の重症せん妄へ

・ 誤嚥傾向があり、何とか飲食している高齢者が、抗ドパミン薬で(特に麻薬併用)誤嚥

性肺炎を発症。

・ 抗ドパミン薬を長期投与して、薬剤パーキンソン症候群(表情が乏しく、動作が鈍く歩行困難に、震戦はめだたないことも多い)やアカシジア(夜間不眠でじっとしておられず、怒ったような感じが続く、大多数の症例は下半身を常時動かしている)を発症。

高齢者で、基礎にパーキンソン症候群(小さな脳梗塞による)を持っていると副作用は「早期に」「重篤に」なると思われる。

緩和ケアの原則=「一歩先を読んだ治療」で予想外の事態を回避しましょう。

悪心嘔吐の原因検索の方法

悪心嘔吐の原因検索の方法

★ 進行がん患者を苦しめる最も重要な不快な症状の1つで、QOL低下や栄養障害、肺炎などの二次障害のリスクも高い。

★  CTZ(ケモトリガーゾーン、化学受容器引き金帯)= 悪心(気持ちわるい)と嘔吐(吐くという反射を起こす)の中枢は、はごく近くにあるが別の中枢で ある。しかし双方の一方のみ(悪心が強いが嘔吐はおこらない、逆に嘔吐はあるが悪心を伴わない)は、臨床的にまれなので悪心嘔吐(Nausea and Vomit, N/V)と一括した扱いをすることが多い。

★ 以下の図のように 悪心嘔吐の中枢には、大きくわけて5種類の求心性パルスが伝わることで、患者の症状が発生するとされる。進行がんの患者で、どのパルスの頻度が高いか、難治性が高いか、などは明らかでない(臨床研究がない)。
対症療法としての各種薬剤(プリンペランTM、セレネースTMなど)の効果も高くないことが米国の観察研究で報告されており、「ワンパターン」対症療法は通用しない。
したがって、進行がんを治療・看護する場合は、以下のパルスを探索・推定して治療にあたることが推奨される。

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★ がん進行期で、緩和ケアチームにコンサルトされる悪心嘔吐のうち、経験的にもっとも多い原因は、上部消化管(食道~十二指腸)の漿膜異常伸展(内圧の上昇)または粘膜炎症(潰瘍形成を含む損傷)による内臓神経を介した求心性パルスが延髄の嘔吐中枢に伝達されることである。

この伸展と炎症は、悪心嘔吐により消化管のダメージを防ぐための「防衛反応」と解釈することができる— 嘔吐して減圧・内容物を排除することでダメージを「防衛」。腎結石や胆石発作の悪心嘔吐も、同じ理由(実質臓器の漿膜伸展)と思われる。

★ 「ある意味正常な」防衛反応でもあるため病因指向性(Etiology Oriented)な治療をしないで、安易な対症療法を行うことは、患者QOLを損ない思わぬ合併症を生じるリスクもある

例 えば、消化管の完全閉塞へのプリンペランIVによる嘔吐・腹痛・穿孔リスク、セレネースなどのドパミン受容体拮抗薬の多用による不快な鎮静(苦痛がある が、訴えられなくなる状態)、薬剤パーキンソン(固まったような無動状態)、アカシジアによる転倒・誤嚥性肺炎を起こすなど。

★ 悪心嘔吐の原因として最多の内臓神経求心パルスの原因となる疾患は多彩であり

下記のようなチェックリストを使用することを推奨します。

緩和ケアチームへのコンサルテーション例のような、主治医にとって不明・治療困難な症例では、我々のチームの経験では、病因が3つ程度存在することが多いようです。
複数の病因があれば、それぞれに対応しないと、「すっきりよくならない」。
しかし逆にいえば、病院1つ1つの反応性が不良でも、複数の治療が「相加的に」患者さんの症状を軽減することもが期待できます。だからリストを使って「探索」を推奨するのです。

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★ 上記の疾患リストは、非がん疾患での使用も可能な包括的なリストですですが、

進行がんに特有な悪心嘔吐症候群(腫瘍による胃内容排出障害をきたす)として Squash Stomach Sydrome および Floppy Stomach Syndromeの2つは大変重要です。

経験的に、コンサルト例での頻度が高いことや、「内視鏡や通常の造影検査」では、大きな異常なし、という認識をされ病因を見逃されがちです。

この2つの症候群を認識していないと、患者は食事や飲水ができなくなり患者QOLを大きく損なうので、パターン認識し早期に対応できることが大事です。

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★ 上記の消化管(特に上部)からの求心性パルスが原因となることが圧倒的に多いので以下の図にイメージをまとめて理解をしやすくしました。

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★ 内臓求心性パルスによる悪心嘔吐が最多、特に上部消化管によるものが主体です。しかし下の図のように、それ以外の原因も合併していることも少なくありません。
症状の改善が得られない場合はもちろんですが、探索を怠らないようにしてください。特に薬剤性の可能性については、病棟やチームの薬剤師と相談することを推奨します。

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★ 病態ごとの伝達経路上にあるレセプターのイメージを下の図に示しました。原因を探索して、それぞれのレセプターをブロックすることで、効率よく悪心嘔吐をコントロールできるかもしれない。

しかし探索結果が正しいとは限らない、実際の薬剤がレセプターを理論通りにブロックするとは限らないので、あくまで「薬剤を選ぶ場合の目安」と考えてください。

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